「インパクトを測定したい、でも何から始めればいいかわからない」

インパクト経営に取り組む組織の多くが最初にぶつかる壁がこれだ。環境指標はCO2排出量、社会指標は何を測ればいい? 業界標準はあるのか? 外部から検証可能な形にするにはどうすればいいか。

本稿ではGIIN(Global Impact Investing Network)が提供するIRIS+(インパクト報告・投資基準)を使ったKPI設計の実践手順を、ステップ別に解説する。

IRIS+とは何か

IRIS+はGIINが2009年から開発を続けるインパクト測定の標準指標カタログだ。現在600以上の指標が体系化されており、農業、教育、金融サービス、ヘルスケア、エネルギー、水・衛生、住宅など、主要なインパクトテーマに対応した「テーマ別指標セット(Thematic Indicator Sets)」も整備されている。

IRIS+のメリットは三つある。①SDGsやインパクト投資家の期待に合致した共通言語として機能する、②指標の定義・計算方法が統一されているため外部比較が可能になる、③IFC Operating Principlesやインパクト評価の5次元(Impact Management Project)と連動している。

Step 1:インパクトテーマを特定する

KPI設計の出発点は「自社が取り組む社会・環境課題」の特定だ。Theory of Changeで定義したアウトカム・インパクトが起点になる。

複数のインパクトテーマを持つ企業(例:農業×ジェンダー平等)は、最もコアなテーマを一つ選ぶか、主要な二つに絞ることを推奨する。広げすぎると測定コストが爆発する。

実践例:食品ロス削減プラットフォームの場合

コアテーマ:「持続可能な食品・農業(Sustainable Food & Agriculture)」

関連SDGs:12(つくる責任、使う責任)、13(気候変動)

Step 2:IRIS+のテーマ別セットから指標を選ぶ

IRIS+のウェブサイト(iris.thegiin.org)にログインし、Step 1で特定したテーマの「Thematic Indicator Set」を開く。各テーマには「Core Metrics」(必須的な中核指標)と「Additional Metrics」(補完的指標)が掲載されている。

まずCore Metricsを優先的に検討する。例えば「食品・農業」テーマのCore Metricsには以下のような指標が含まれる(下記の指標コードはIRIS+の改訂に伴い変更される場合があるため、実際の設計時にはIRIS+公式サイトで最新のコードを必ず確認されたい):

  • PI7462:削減または回避された食品廃棄物の量(トン/年)
  • PI2338:農業従事者の平均収入
  • OI4727:サービスを受けた農業従事者数
  • 初期段階では3〜5指標に絞る。多すぎるKPIは測定が形骸化する。

    Step 3:定義・計算方法を確認し、自社版に翻訳する

    IRIS+の各指標には「定義」「計算方法」「データ収集の注意事項」が付属している。これを自社の事業モデルに当てはめ、「自社ではどう計算するか」を文書化する。

    重要な作業:測定の前提を明示する

  • 測定対象の範囲(自社直接、サプライチェーン第一層、など)
  • 測定期間
  • データソース(顧客調査、行政データ、センサーデータなど)
  • 誤差・不確実性の見積もり
  • この「測定方法書(Measurement Methodology)」を作ることが、インパクト報告の信頼性を左右する最重要作業だ。

    Step 4:ベースラインを設定する

    KPIの意味はベースライン(介入前の状態)との比較で生まれる。可能であれば事業開始前にベースラインデータを取得する。事業が先行している場合は「介入前の推定値」を設定し、その根拠を明示する。

    ベースラインの注意点:「自社がなかった場合(デッドウェイト)」の推定も視野に入れること。例えば食品ロス削減プラットフォームが「10トン削減」と報告しても、そのうち5トンは自社なしでも削減されていたとすると、純貢献は5トンになる。

    Step 5:測定・報告のサイクルを組織に組み込む

    KPIは設計しただけでは機能しない。以下のサイクルを組織プロセスに組み込む。

  • 四半期:KPI集計・内部共有
  • 年次:インパクトレポート発行・投資家・パートナーへの開示
  • 3年ごと:Theory of Changeの見直しとKPIの改定
  • インパクト測定を「報告のための作業」ではなく「意思決定のツール」にできている組織が、Impact Management ReviewのPower(活用)スコアで高評価を得る。

    日本企業にありがちな落とし穴

    落とし穴①:アウトプットをアウトカムと混同する

    「1万人に研修を実施した」はアウトプット。「研修受講者の収入が20%増加した」がアウトカム。KPIをアウトカムレベルに引き上げることを意識する。

    落とし穴②:測定できる指標ばかり選ぶ

    CO2排出量(測りやすい)に集中し、受益者への社会的影響(測りにくい)を省略する。重要なアウトカムを測定から外さないよう、設計の際にチェックする。

    落とし穴③:一度決めたKPIを変えない

    事業の進化に合わせてKPIも更新する必要がある。「以前のKPIと比較できなくなる」という懸念から変化を避けると、実態と乖離した指標を測定し続けることになる。