「100年先もつづく、農業を。」

このミッションを掲げる京都のスタートアップが、日本企業のインパクト経営成熟度診断で唯一Level 4(経営統合)の評価を受けた。なぜ大企業ではなく、上場もしていない農業スタートアップが、日本で最も進んだインパクト経営を実践しているのか。

この問いへの答えは、「社会貢献への熱量」ではなく「設計の論理」にある。

1. 自社IMM:スタートアップが作った日本最高水準の測定システム

坂ノ途中は「IMM(インパクト測定・管理)」を自社で開発した。

IMMとは、社会的アウトカムを継続的に測定・管理し、事業意思決定に活用するシステムだ。機関投資家やインパクト投資基盤では一般的だが、売上規模が数十億円のスタートアップが自社開発した事例は日本では極めて稀だ。

坂ノ途中が測定する指標群は以下のとおりだ。

  • 生産者数と定着率:約400軒の提携生産者のうち、新規就農者が翌年も農業を続けているか
  • 農薬・化学肥料の削減量:慣行農業比での削減率を農家ごとに記録
  • 農家収入への影響:坂ノ途中経由の販売収入が農家全体収入に占める割合
  • 法人事業の成長:農産物調達による法人向け事業の売上(4年で3倍)
  • (上記の数値は坂ノ途中自社のIMM(インパクト測定・管理システム)による自社集計データであり、現時点で第三者検証は実施されていない。)

    そして2025年2月、「坂ノ途中の報告書 vol.2」を発行した。これは単なる広報レポートではない。IMMの設計思想、測定方法、前年比の変化、課題と改善方針が記載された実践的なドキュメントだ。

    2. 農家との長期関係:事業の参入障壁がインパクトの基盤になる

    坂ノ途中の事業設計の核心は「農家との長期パートナーシップ」にある。

    新規就農者は農業を始めて最初の3〜5年が最も脆弱だ。栽培技術が未熟で、販路が確立されておらず、収入が不安定になりやすい。多くの新規就農者がこの時期に離農する。

    坂ノ途中はこの時期に安定した販路を提供することで農家の離農を防ぎ、有機農業への転換を支援する。農家が定着するほど供給が安定し、事業として成立する。農家の定着率が上がれば坂ノ途中のIMMスコアも上がる——この「インパクトの向上」と「事業の安定」が同一の行動から生まれる設計が、Level 4の根拠だ。

    同時に、この農家との長期関係は競合他社への参入障壁にもなっている。数百軒の農家との信頼関係は1〜2年で構築できるものではない。インパクトへの真摯な関与が、独自の経済的な堀(モート)を形成している。

    3. 環境負荷の低減:コアビジネスが社会的アウトカムを生む構造

    坂ノ途中が取り扱う農産物のほぼ全てが、農薬・化学肥料を使わないか、大幅に削減した農法で生産されている。これは環境ポリシーの結果ではなく、事業設計そのものだ。

    農薬を使わない農業は、生態系への負荷が低い。土壌微生物が生き、農地の生産性が長期的に維持される。「100年先もつづく農業」というミッションが、選定する生産者の農法に直接接続している。

    この因果関係の透明性が重要だ。「環境に配慮しています」という言明ではなく、「なぜこの農家を選ぶのか」「どんな農法が条件か」という選定基準の開示が、インパクトの誠実さを担保する。

    4. 顧客との関係:インパクトへの共感が購買動機になる

    坂ノ途中のEC・法人向け事業の顧客の多くは、「坂ノ途中の農家を支援したい」という動機を持って購入している。顧客はIMMレポートを読み、農家のストーリーを知り、農薬削減の取り組みを理解した上で継続購入する。

    「顧客が事業のインパクトを理解している」という状態は、顧客の離反率を下げ、価格感度を下げ、口コミ率を上げる。インパクトの透明な開示が、顧客との関係を単なる「取引」から「共創」へと転換している。

    5. 測定と改善:「報告書を作る」ではなく「事業を良くする」ために測る

    坂ノ途中のIMMが特筆に値する最大の理由は、「なぜ測るか」の目的にある。

    多くの企業がインパクト測定を行う動機は「開示のため」か「投資家への説明のため」だ。坂ノ途中のIMMは、事業改善のための内部ツールとして機能している。どの農家への支援が最もインパクトが高かったか、どの作物でアウトカムが低かったか——そのデータが翌年の農家選定・支援方針の変更に反映される。

    「インパクトを測るために事業を行うのではなく、事業を良くするためにインパクトを測っている」——この逆転が、坂ノ途中を日本の他の企業と分かつ本質的な差だ。

    Impact Management Reviewの考察

    坂ノ途中の評価において、一点だけ留保を付ける必要がある。IMMは自社開発であり、第三者検証は未実施だ。測定設計の妥当性と数値の正確性について、外部からの独立した検証がない。

    これは次のステップへの課題だ。第三者認証を導入することで、報告書の信頼性が一段高まり、Level 5への移行条件が完備される。

    また、農家の実収入変化、新規就農者の10年後の定着率、農薬削減による土壌・生態系への影響というより長期のアウトカムを追跡することが、Level 5への移行条件となる。

    他社が学べるポイント

    1. 「完璧なIMM」より「始めること」が先:坂ノ途中はvol.1から始め、vol.2で改善した。完璧なシステムを作ってから公開しようとすれば永遠に始まらない。

    2. パーパスを測定指標に接続せよ:「100年先もつづく農業」というパーパスは、「農薬削減率」「農家定着率」「10年後の就農者数」という測定指標に接続できる。パーパスが「測れる問い」になっていない企業は、まずこの接続から始めるべきだ。

    3. インパクトと参入障壁を一致させよ:農家との長期関係がインパクト(農家の定着・有機農業の普及)を生みながら、同時に競合への参入障壁になっている。インパクトと事業の堀が同一の行動から生まれる設計を目指せ。

    まとめ

    坂ノ途中がLevel 4に到達した理由は単純だ——インパクトを「測ることが目的」ではなく、「事業を良くするための手段」として位置付けたからだ。

    この転換は哲学の変化であり、組織設計の変化だ。インパクト担当者がレポートを作るのではなく、事業部がIMMデータを使って農家選定や販売方針を変える——その変化が起きた瞬間、企業はLevel 3からLevel 4へ移行する。

    「100年農業」を目指すためには「今日の農家が10年後も農業を続けているか」を測らなければならない。この当たり前の論理が、日本で最もインパクト経営を実践する農業スタートアップを生み出した。